一茶一菓

日本茶インストラクター&フードコーディネーターとして「食生活でこころとからだを元気にしたい」という思いから活動しています。

たふ講座「古代~鎌倉時代」

今日は、袋布向春園さんのお茶の歴史講座に参加させていただきました♪

3回講座の1回目です。

いつもながらに、お茶とお菓子いっぱいでまったりモード。

まずは、向笠園さんの「茶農家の飲み茶」

盆がうさぎでかわいいっ。そして、パッケージも本のようになっていておしゃれ~!

本日のお菓子たちw 

手前のは、GRACE SAISON 酵豆(こうず)クッキーです。

私のおすすめ! 黒糖、きな粉、和三盆、そして苺です。 

「茶の実」というお菓子。

ほろほろとしていておいしい~。これは欲しいっ!

そして準備も整ったところで、橋本素子先生による歴史講座です。

お茶は、中国へ渡った栄西が日本に持ち帰って広まりました。

最近、博多で天目茶碗が出土し、それが栄西が持ち帰った時期より前だったので、

それ以前にお茶が飲まれていたのではないかという本も出始めているのだそう。

なので、それが実際どうなのか文献などを検証したものを、見ていくというものでした。

結果だけいえば、

天目茶碗=抹茶というイメージではあるが、文献を見ると、酒を飲んだという記述もあり、

一概にお茶を飲んだとは言い切れない。

また、栄西より以前に中国へ渡った僧は、実はその頃海外へ渡ることを禁じられていたために、密航僧であった。

なので、帰国できないことを覚悟して渡っている。

栄西の頃は許可を得て渡ったとのこと。

そういう歴史的背景もあり、栄西より以前にお茶が日本に入って飲まれてはいないのではないか?というものでした。

とっても興味深かったっ!

一瞬本当に、栄西より前にお茶が日本でも飲まれていたのかと思って・・びっくりしました。

この右上のは、祇園石段下 亀屋清永の「清浄歓喜団」

奈良時代遣唐使より日本に伝えられた唐菓子の一種だそう。

唐菓子は「からくだもの」と呼ばれ、

仏教と共に日本へ伝わり、天台宗真言宗などの密教のお供えもので、

当時は一般庶民は口にできず、貴族のみに与えられたもの。

伝来の当時は、中身は栗、柿、杏などの木の実を、かんぞう、あまづらなどの薬草で味付けしていましたが、

江戸時代頃から小豆餡を用いるようになった。

七種の香を入れて包み、八つの結びは八葉の蓮華をあらわし、形は金袋になぞらえ、上質のごま油で揚げたもので、とてもパリパリした食感と控えめの甘さが絶妙です。

ほのかなニッキもくせになりそうです。

こちらは、向笠園の「白峰(しらね)」

こちらは、山田松香木店の「沈香茶」

烏龍茶みたいな感じですが、甘みがあっておいしぃ~。

これは、大根の漬物を桜の木で燻したもの。

燻した香りがとてもします。

日本酒が飲みたくなります。

これは、竹内園の「おくみどり」

これは、つちや農園の「蒼い凪」

浅蒸しですね~。

今日もいろんなお茶をありがとうございました!